集会案内

集会案内

主日礼拝 毎週日曜日
第一礼拝:午前 7:30~8:00
第二礼拝:午前 10:30~12:00
一週間のはじめの礼拝、聖書のお話と賛美と祈りを捧げます。
キッズクラス 毎週日曜日 午前 8:30~9:20 主に幼児から小学生を対象とした礼拝です。
かみさまのおはなしをきいたり、
さんびかをうたいます。
ヤングクラス 毎週日曜日 午前 9:30~10:10 主に中学生を対象とした礼拝です。
祈祷会 毎週木曜日 午前 10:30~11:30
午後 7:30~8:30
聖書の学びと祈り合い、そして交わりの時を持ちます。
ウェルカムキッズ 毎週土曜日 午後 2:30〜3:30 幼児から小学生を対象としてゲームや聖書のお話とティーブレイクで楽しみます。

キッズ・ヤングの集会案内や様子は新井キリスト教会Youth Groupフェイスブックページをどうぞ!!

特別礼拝

3月or4月 イースター・デー イエス様の復活をお祝いします。
5月 母の日スペシャル 5月第2週目に行います。
6月 父の日スペシャル 6月第3週目に行います。
9月 シルバースペシャル 80歳以上の方を中心にお祝いしています。
11月 子供祝福式 子供たちの健康と成長を願います。
12月 クリスマススペシャル 祈りと賛美でクリスマスをお祝いします。
クリスマス・イブ礼拝 祈りと賛美と祝会の時を持ちます。
(毎年12月24日)
キッズ・クリスマス 幼児から小学生を対象とした、聖書のお話とゲームや楽しい祝会です。
(毎年12月25日頃)

その他の活動

チャペルクッキング 不定期(年5~6回)
金曜日午前10:00~
平井姉を講師とした料理教室(3種類の特別メニュー)
里親活動 恵まれない子供たちの里親となって援助を行っています

10月の集会案内  皆様の来会をお待ちしております!!

主日礼拝

10月6日(日)7:30、10:30 「共に生きよう」(使徒2:  43~47)

私達は、共に生きる社会にあこがれています。また、その社会を作る困難さも「半端じゃない」と感じています。聖書は、その社会の実現は、人間力では不可能であると言います。それは、人間には罪があるからです 。罪をどうにか!

10月13日(日)7:30、10:30 「あなたを招くイエス」(マタイ 11:28)

イエスさまは「すべて重荷を負って苦労している者はわたしのもとにきなさい。」と招いておられます。「重荷」とは「罪」の事です。罪とは「的外れ」とか「標準に満ちない」とかの意味です。人間誰しもが持っています。

10月20日(日)7:30、10:30 「分かち合って」(使徒 2:43~47)

一つのパンを二人が分け合って食べる光景には微笑ましいものがあります。しかし、人間誰しもが「自分ナンバーワン」なところがあって、自分の分を少しでも多くしようとします。そして和を乱してしまうのです。

10月27日(日)7:30、10:30 「賛美に溢れ」(使徒 2:43~47)

最近「アカペラ」との言莱が流行りですが、この言葉は、礼拝に於いて伴奏なしで賛美する方法を意味しています。このように、教会の礼拝では、二千間年間賛美をし続けています。これは、神様をほめたたえる方法だからです。

 

祈祷会

10月3日(木)10:30、19:30 「天に宝を積め」(マタイ   6:19~24 )

宝を地上に貯えると、盗まれる、目減りする等の不安がつきまとい、時には争いの元なります。しかし、天に積めば、神様が管理してくれて安心ですし、神様はそれに永遠との利息をつけてくれますからこんな得な事はありません。

10月10日(木)10:30、19:30 「思い煩うな」(マタイ 6:25~34)

人間は、何につけ思い煩うものです。「明日は明日の風が吹く」と開き直って見ても、やはり、心配になります。それが一生続くのです。 聖書は、明日をまもられる神様がおられると信じなさい。そこには、不安がなくなりますと!

10月17日(木)10:30、19:30 「聖なるもの」(マタイ 7 : 6)

今日「聖」が失われ、反対に「俗」なるものが圧倒しています。しかし、それでは満足できないので、プチ神社・仏閣詣でがブームになっています。本格的に求めることがなくて聖・本物との出会いはありません。

10月24日(木)10:30、19:30 「求めて得よ」(マタイ 7:7~11)

祈り求めても得られなかったと言って、教会を去る人が多いのを残念に思います。神には求めに答える最善の時があり、時には、答えがないない最善という事があるのです。なぜなら、神様は善にして善を行われますから・・・

10月31日(木)10:30、19:30 「黄金律」(マタイ  7 :1 2)

「何事でも人々にしてほしいと望むことは、人々にもそのとおりにせよ 。」とイエスさまは自己中の私達を見抜いて仰いました。なぜなら、罪を持っている人間は「やられたら、やりかえす」との存在ですから・・・